
本当に偏差値だけを物差しにしてよいのですか?
(2026/06/12更新)
みなさまおはようございます。いつもご覧いただきありがとうございます。
さてさて、梅雨の晴れ間が続いております。洗濯物を今の間に必死に・・・。うちは高齢の母もいるのでたいへんであります。でも、快適に日常を送れることが一番ですわな。せっせと洗濯物をかたずけましょう。追いつかへんけど。
世間では、個々の権利とか個性の尊重とか言う反面、お受験、お受験もお盛んなわけで。少しでも子どもの将来を考えると、いわゆる「ええ学校」に入れたいと。地元の学校は荒れているから・・・、地元の高校は評判よくないとか・・・。そんなんやったら、みんな学校なんかやめて、個人授業で良いのではないのでしょうかね。家庭経済の状況が子どもにも反映されるとも言われているのですから、学校に通わすより、その分を家庭での個人教育に重点したらよいのではと思うことがあります。でも、みんな学校での教育は必要と思てはる・・・社会構造が変化し、経済を支え切れなくなるかもしれない将来が控えている今、社会に出た時の仕事を考えての導きができる公教育の構造を、今、改めて考えてみることが必要と思うのです。
その延長で思うのは、技能技術を伴う・・・すべてそうなのですが・・・特に手を動かして作るという仕事などは、早期から触れさせ慣れさせ、感性を磨くことも必要であると実感します。 中学校遅くとも高校段階では、浴びるほど触れさせ、やってみさせることが必要で、これが製品の品質を担保することにもつながると思うのです。本当は、工科高校等はそのような学校のはずですが、偏差値では・・・偏差値の高い他県の工業系高校は実験時宗は少なくなり、やはり受験対策となっていることは実情。このへんのところを、ほんま、大学とも連携し話し合って、人材育成の体制を整えることが必要と思うのですが。昨日も、大阪電気通信大学さまとの締結を載せましたが、こんなつながりをひろげていかなって思っております。