校長だより

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教師は、子どもの身近な大人

(2026/03/30更新)

みなさまおはようございます。いつもご覧いただきありがとうございます。

先週金曜日は、PCの不調で「だより」が出せませんでした。全国1億人(空言です)の応援してくださっているみなさん、すいませんでした。でも、回数は途切れてませんからご容赦を。これを終えるときは、校長を終える時と思っとります。

さてさて、堺工科の中庭の桜も、ええかげん(いい調子)になってまいりました。入学式まで花はもつのか・・・微妙かもです。で、我が家では、小さいながらアーモンドの花が咲きました。珍しいでしょ~。

アーモンドって、ピンクの花が咲くんですね~。何年か前、道の駅で「生アーモンド」が売ってたので、それを植えたら花を咲かせるまで育ったものです。気の長い話ですが、植物を相手すると、のんびりな気持ちになるもんですわ。

〇 教師は 人を演じることが生業と思うのですが・・・

NHKラジオを拝聴していると、フードスタイリストのマロンさんの「仮面のすすめ」なるラジオエッセイに触れました。いろいろな場面で、その時に応じた最高の仮面をつけて・・・ってな話は、なんか、これから教師を稼業にしていく人に聞かせたいぐらいでありました。

教師は、多種多様な子どもを育てることが仕事でありますが、それは子どもの理解、そして、いかに子どもに理解してもらうか工夫することにありますわね。生まれも育ちも、全く違う一人ひとりに応じて、寄り添い、時には厳しくしかりつけ・・・今、自分が振り返ると、子どもたちに接していたその時、その時の自分は、確かに自身であったけど、真の自身の姿ではなかった・・役を演じ変えていたという気がします。荒れた子には荒れた兄貴として接し、落ち込んでいる子には気弱な仲間として触れ、頑張ろうとしている子には羽目を外しかけるぐらいのカラ元気を・・・。どの時でも、身近で信頼できる大人であることを意識して接してきたつもりです。逆に、自分自身ってどんな者か・・が、家への帰路、帰宅電車がトンネルを抜けると、本来の顔つきにもどっているような気がする時があります。人を演じ身近な話しできる大人を演じる・・・、今、自分は自分の素顔でってな風潮でありますが、社会はそんなにやさしくないと感じるのです。本音で喋れるには、それを受けて止めてくれる他人が必要、だから教師は人を演じ、傾聴できる優しさを持つことが大切ちゃうかなって思うのですが。

 

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