校長だより

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就業を意識する教育の感覚は不要でしょうか?

(2025/09/10更新)

みなさまおはようございます。いつもご覧いただきありがとうございます。

さてさて、昨日、うちのOBさんと話していた時、コブクロさんとデビュー前に、堺東の路上で呑んでいた・・・

とかの話を聞きました。コブクロさんは堺東から出てたアーティスト、少し親近感を感じるお話でした。

〇 奈良で宮大工養成を目的とした学科をつくるって、どう思います?

宮大工さんって、今の文化財を維持するにはなくてはならない方々なんですよね~。でも、今まで「やりたい」とか「魅せられて」とかで弟子入りした方々の話の方が多かったと思うのです。素人の私でさえ、そんなんしてたら、人口も減少の時代、技を継承する人はいなくなるのは見えています。そんななかで、さすが奈良!!しっかり育てんとあかんと歩みださはったのでしょう。

〇 やはり、仕事を維持するには、仕事にあった人を意識的に育てる意識がないとあかんのでは・・・

私思うに、世の中の仕事、世襲制で固定化するのはよくないのですが、仕事にあった人を育てることを考えないと、社会を支える産業は衰退し、生活が困窮すると思うのです。今の教育は、早くから進路を決定したら不適応の心配を多くします。それも時代的に現実なのですが、そやったらいつ進路を定めるのか・・・自分で何の仕事をして生活していくのかってことを、もっと早くから考えさせ、訓練していく必要があるのではないでしょうか。

このままでは、諸外国と比べて、労働に適する人の数が減少し危機的になってしまうような気がするのです。

取り越し苦労であったらよいのですが・・・・。

〇 そのためには小さい時から、いろいろな仕事を見せるべき、業を体験させるべきではないですか

ほんま、今、工業の農業も商業も、小さい時からしっかり体験、身近なものに感じる機会が、学校生活の中で少ないと思うのです。すべてが学歴をつけるため・・・意識があるからかもしれません。その点では、小さい時から触れる機会を多く作る、これも教育の課せられた役目と思うのですが。

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