校長だより

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学校は個人を育てるところか、社会の一員を育てるところか?

(2026/10/20更新)

みなさまおはようございます。いつもご覧いただきありがとうございます。

さてさて、来週は、海外の高校生の訪問があり、うちの生徒会の生徒中心の交流があります。近年、翻訳機能がスマートフォンにもあって、通訳を介さんでもなんとか話ができるようになってきました。が、が、ほんまに素で話しできたら、ええのになって思うのですが、未だに英会話はできませぬ。

〇 本日の表題にみなさんは、どのようなお考えをお持ちですか?

最近はどのような学校も人口減少で生徒募集に躍起になっとります。公立の義務教育学校は違いますが。だから、どの学校も、うちはこんなええところありますよ~ってな、ほんまに人集めの宣伝になっているのでして、うちもご多分に漏れず、そのようにPRしているのですが。

考えてみれば、家庭教育、個人授業で教えられるのやったら、日本でいうと江戸時代の「寺子屋」でよかったはず。それが学校という多くの人を集めて教育を施すようになった一因は、人がそれぞれの役割を持ち多様な考え方の人を認め合う必要が高まってきてるために、社会機能が発展し社会の一員としての自覚、そして周囲との協調連携を図る必要が生じたからではないのでしょうかね。だから、学校では、挨拶を重んじ躾を施す、他者を大切にすることを考えさせるというようなもんを自然と教えるようになったとも思えるのです。

しかし、現在の学校は、何かあったら非難批判の矛先に立つことが多い・・・これは、個人を大切にすることと同時に社会や集団のなかで生きていくには制限がある、譲歩する場面もあるということが希薄になっているような気がするのです。果たしてそれで、これからの未来を人口減少というかってない時代を生きていく子どもたちを育てられるのでしょうか・・・。いくらAIが進化したとて、個人が卵の殻の中で閉じこもって生きていくことはできませんわな。今より認め合い助け合いが必要となってくるはずです。そんな時を安心して生きていける器を持った子どもたちを育てなあかんと思うのですが・・・。堺工科は、社会に出ることを考えて導く学校、入学を希望されるみなさんは、社会に出るための勉強と態度を養うことを前提に、本校をめざしてほしいと思うのです。

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