
善悪の判断を考えられるよう育ててるんやろか・・・
(2026/09/17更新)
みなさまおはようございます。いつもご覧いただきありがとうございます。
さてさて、もうすぐシルバーウイークなる連休が。どう過ごされますですか?わたしゃ、もちろん、今までのしわ寄せで残してきたもんを片づける日々のなりそうです。担任持った子らが誘ってくれたので顔を出しに行くことが、唯一の楽しみであります。
古くは「フランケンシュタイン」、50年前ならば人造人間キカイダーでのハカイダー、現代ではAIなのでしょうか、これらに共有するのは、善悪の判断がつかない、目的のために淡々と遂行するってなところだと思うのです。こんなん話すと、これらはヤバいもんと感じるはずなのですが・・・、今の我々は、このヤバいもんから除外とおもえるのでしょうか・・・。昨日の催涙スプレー噴霧や、先生の盗難指南・・・どれも学力などでは十分に力を持っているはずなのに・・・。そう思うと、学校教育の中で考えることをさせてきたのか・・と思ってしまうのです。我々、工業教育の分野では「技術者倫理」と言えるものでしょうか。しかし、このへんのところは、じっくりと意識的にやってきたのでしょうか。倫理ってもんは、論じると堅苦しいのですが、早よ言えば「自分と他者共に大切にする、共に過ごせるために考える」ということのはず。なんか、自分のために、自分の力をつけるためにだけという風潮が、社会の根底にありそうな気がしてなりません。世間でちっぽけな事件がもしれませんが、そんなもんを題材にして、一度、意見交換を学校で生徒や教員でするってなことも必要な気がするのですが。