
公立は効率だけで評価されるべきなのか?
(2026/09/18更新)
みなさまおはようございます。いつもご覧いただきありがとうございます。
さてさて、本朝は、綺麗な朝焼けをみることができました。
ええ風景をみると、気持ちも和むもんですわね。
お国の方では、グランドデザインと呼ばれる高校改革の方向性が打ち出されとります。読むと・・・本当は昔からそうだったはずなのですが、社会基盤維持を基本に人材の育成・・・簡単に言えば、経済を維持するために必要な分野があり、そこで働ける力を持った人をつくらんと、社会がコケてしまうってことやから、学校で意識して人を育成しましょってことやと思ってます。たとえば極端な仮定ですが、超難関一流の最高学府が仮に文学部だけと
したら、そこで1万人の人を入学させても、生産性産業を動かさんと飯を喰っていけない日本では、限度があるってことであります。将来を考えると、今、実際の仕事の技能技術を持った、わかった人を育てないとヤバいっていうことなのですわね。
公立では、社会を構成し支える市民を育てるのが役目。よって様々な分野の学校があるわけでありますわな。志願者がいない・・ということで考えてて、ほんまに大丈夫ですか?小さい時から自分がどんな仕事に向いているのか、向いていなくても極論、不足するであろう仕事分野に就くこともあろうと思考するように、もっていくことも検討せなならん危機的状況だと思うのですが。責任もって旗を振ってくれる人がいてくれたらなって、思ってしまうのです。